昭和37年に設立した当初は、川崎市内には弊社も含めてビルメンテナンス会社は3社しかありませんでした。翌年の昭和38年、建築基準法が改正され、100mを超える高層ビルの建設が可能になりました。その後は昭和40年の霞ヶ関ビルを皮切りに、高層ビル建設ラッシュが続き、私たちの仕事は、質も量も劇的に変化しました。日本の高層ビル発展の歴史は、弊社ビルメンテナンスの歩みそのものとも言えます。
ビルメンテナンスのあらゆるニーズに対応してきた積み重ねから、現在では総合ビルメンテナンス企業として内装仕上げを始めとする建設工事まで広範な業務を担うにいたりました。一方で、環境リサイクル事業も新たにスタートしましたが、想像以上にお客様のニーズが高く、また企業や団体で発生する情報の電子化業務も着実に成長を遂げています。今後とも、お客様の求めるサービスを心がけ、社会に大きく貢献して行きたいと考えております。